CDプレーヤーの意外な話
今では当たり前に存在している音楽メディアCD。
本日は、それが世の中に出始めた頃の話です。
私がソニーに在籍していた時の話ですので、古い話ですが、
“売れる商品開発”には絶対に欠かせないヒントがあると思います。
CDが出現する前の音楽メディアの代表といえば、アナログのレコード盤でした。レコード針を落として聴くもので、針を落とす時に「ポチ!」とか「ブツ!」とかいう音がして、音楽が始まる儀式のようで、この音を好む人も多かったようです。
レコードプレーヤーのソニーの市場シェアは、かなり低いものでした。
CDプレーヤーの時代になったらトップシェアを獲得することが、ソニーの目標でした。
レーザーで読み取る最先端のデジタル技術を使い、ノイズも少なく、音が良いのがCDの特徴です。その特徴をアピールしながら、各社からCDプレーヤーが発売されました。
最初は数十万円もしましたが、次第に10万円程度になっていきました。しかし、一部のオーディオマニアは買ってくれましたが、なかなかお客様のすそ野が広がりません。
いかにしてマニア以外の音楽ファンにも買ってもらえるか、それがソニーの大きなテーマでした。
当時、私はCD関連のマーケティングに関わっていました。
「アナログのレコード盤とCDの出荷枚数が逆転するのはいつごろか、予測せよ」などという難問にも挑戦していました。
一般の音楽ファンにCDプレーヤーを買ってもらうためには、どうすべきか?
もちろん価格を下げることが有効なことはわかっています。
それ以外にどうすべきか?
私は、CDに関するグループインタビューの司会・分析を担当しました。
調査対象者は、「CDの存在を知ってはいるが、使ったことのない若者」です。
グループインタビューが始まり、対象者の人々は、CDについて次のようなことを自由に話し合い始めました。
私は、ニコニコ頷きながら、しばらく黙ってその様子を観察していました。
「CDって、紙みたいに薄くてぺらぺらなんだよね」
などと誤解をしている人や、
「やっぱりレコード盤のジャケットは大きくて見栄えがいいし、CDみたいにジャケットが小さいのは物足りない」
「音が良いとか言うけれど、自分たちもイイ音で聴いているし」
「まあ、CDが普及するのは、あと10年とか20年先じゃないの?」と、
さまざまなCDを買わない理由を自由に話し合っていました。
そして、私はCDプレーヤーの使い方を簡単に説明した後、対象者の人々に自由に使ってもらいました。
すると、対象者の人々が一気に態度を変える場面に遭遇しました。
態度を変える、これを「態度変容」と言い、定性調査のインタビュー実施時に時々起こる重要な現象です。
「え?CDってこんなことできるの?」
「これなら買ってもいいな!!一番安いのはいくら?」などと、購入意向が非常に強まったのです。
それは、これまで音楽を聴く時には絶対にできなかったことを、CDプレーヤーならできるということを知った瞬間でした。
何だと思いますか?
それは・・・
アルバムの中で、聴きたい曲が3番目に入っていたなら、ボタンを押すだけで、きちんと3曲目の初めから聴くことができるということです。
今では当たり前のことが、当時の一般の音楽ファンにとっては、まさに「未充足の強いニーズ」に応えるものだったのです。
初期のCDプレーヤーは、ごく一部のオーディオマニアにとっては、「人よりもいち早く、最先端技術を使った機器を所有し、少しでも良い音を聴きながら、自己満足に浸りたい」という意味合いの未充足の強いニーズに応えるものでした。
しかし一方で、多くの一般の音楽ファンにとっては、そのようなニーズは弱い上に、また「CDは良い音で聴ける」という点に対しても「自分たちは、レコードで既に良い音で聴いている」「良くない音で聴いているとは思っていない」と感じているので、ほぼ充足されているニーズなのでした。
つまり、同じモノであっても、人によって、天才コンセプトと感じたり、凡人コンセプトと感じたりする、ということです。
ソニーは、圧倒的多くの音楽ファンの未充足の強いニーズをいち早く見つけ、これまで高価で据え置き型だけだったCDプレーヤーを、安価に、コンパクトに、そしてカジュアルに楽しむものと位置づけました。
それに伴いCDの普及率も加速度的に高まっていきました。
そして、アナログのレコードプレーヤーと入れ替わり、ソニーは念願の音楽再生プレーヤーの市場シェアトップに立ったのです。
今回も、私のソニー在籍時代のことを話しました。
ソニーでの数々の貴重な実体験は、私の原点になっています。
現在は、食品や化粧品、トイレタリー等の日用品やIT関連など、とても幅広い商品についての商品開発や、マーケティング成功のための支援をする仕事をしています。